が、蛇に噛ませて死骸を醜くする訳はなからうといひ、且《か》つ其の身体の表面に何の痕跡もなかつたら、毒蛇に噛ませたとしたら、何か痕《あと》が無くてはならぬといふのである。然し、やはりクレオパトラが毒蛇に自身を噛ませて死んだとした方が彼女の臨終に相応《ふさ》はしいやうに思はれる。
 偖《さて》、毒蛇に噛まれたら、身体はどんな状態を呈するかを事の序《つひで》に述べて見よう。毒蛇に噛まれたとき其の歯の痕は正確に認めることの殆《ほとん》ど出来ない程小さい。ただし其の部の痛みは非常であつて、見る間に膨《は》れ上《あが》り、赤くなり痛みは愈《いよ/\》甚《はなは》だしくなる。若《も》し致死的の量が体内に入つたならば、暫《しばら》くの間に腫脹《しゆちよう》は拡がり水泡を作り、皮膚は破れて大なる壊疽《ゑそ》を生ずる。精神は少しく譫呆様《せんばうやう》になり、顔面は苦悶の表情を呈し、脈搏は早く且《かつ》弱く呼吸は促迫し恰《あだか》も窒息時のやうな様子を示している。次《つい》で深い昏睡状態に陥り、呼吸は徐々となつて絶命するのである。然し噛まれた局所には別に変化なくして、精神を冒されて死ぬ場合も報告されてある
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