先ず患者を手術台に仰向きに横《よこた》わらせ、側面に立って麻酔剤をかけました。無論、クロヽフォルムだけを用いました。マスクの上から大量に滴《た》らしますと、患者は間もなく深い麻酔に陥ったので、看護婦に命じて隣室の教諭を呼ばせ、その間に私は一方の眼をガーゼで蔽い手術を受ける方の眼をさらけ出して教諭を待ちました。
 やがてS教諭は患者の頭部の後ろに立って手術刀を握りました、いつも手術中には、私に向って必ず、例の独逸《ドイツ》語の罵言を浴せかけますが、その日は、私がクロヽフォルムの方に気を取られて居て、余計に愚図々々しましたので、一層はげしく罵りました。罵り乍らも教諭は鮮かに眼球を剔出して、手早く手術を終って去りました。くり抜かれて、ガーゼの上に置かれた眼は健眼と変りなく何となく私を睨んで居るようでしたから、一瞬間ぎょッと致しました。で、私はピンセットにはさみ、いち早く看護婦の差出した、固定液入りの瓶にポンと投じて持ち去らせ、それから繃帯にとりかゝりました。通常一眼を剔出しても、健眼に対する刺戟を避けるために、両眼を繃帯し、二日後にはじめて健眼をさらけ出すことになって居りますので、私は、患者
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