き、川上糸子のいた部屋で発見した暗号の紙片を取りだして私に示しました。その時、私も、すでに俊夫君と同じく洋服を着ておりました。
 So Bo Fa Pa, Ha Ka Aa Ci Ne Hu, Ha Fe V Bu Nu.
 という訳のわからぬ文字が、その紙片に書かれております。
 俊夫君はいくぶん興奮して言いました。
「兄さん、この暗号をちょっと見ると、ローマ字でないかと思うだろう。けれどもローマ字読みにしても、何のことか意味が分からない。しかし、これがやはりローマ字と同じようなもので、この大小二つずつの文字の組みあわせは、日本の仮名に匹敵すべきものだとは容易に察しがつくだろう。
 してみると、この大きな文字すなわち、S、B、F、P、H、K、A、C、N、V等、ア行か、カ行か、つまり、アカサタナハマヤラワンのどれかの行の子音を示し、小さい文字は普通のaiueoの母音を示すに違いないと思われる。aiueoの他にもうないところを見ると、それに決まっている。すると、今度は大きな文字がいかなる行の子音をあらわすかを定めなければならない。これがこの暗号を解く、最も難しい点なのだ。
 一目見ただけではとうてい考えられない。そこで僕は湯滝に打たれようと考えたんだ。よく物を考えるときに、頭を拳でたたく人がある。あれはたしかによい方法だ。で、僕も、湯滝に脳天を打たせたのだよ。
 すると、兄さん、僕はふと湯滝が水でできていることを考え、水はこれを化学の分子式で書くと、H2[#「2」は下付き小文字]O だ。と思った時、はッとしたよ。そうして、この大きい字を頭の中で繰りかえしてみたところ、SもBもFもその他の大文字はみな化学の原素の記号ではないか。すなわちSは硫黄、Bは硼素《ほうそ》、Fは弗素《ふっそ》、Pは燐《りん》、Hは水素、Kは加里《カリー》、Aはアルゴン、Cは炭素、Nは窒素、Vはバナジウムだ。
 兄さん! もうこれでしめたものだ。ちょっと鉛筆を出してくれ。原素の記号のうち、花文字一個でできているのは、A、B、C、F、H、I、N、O、P、K、S、W、U、Vだ。
 そこで、次にどれがア行に属し、どれがカ行に属するかという問題が起こるが、これはもう訳のないことだ。きっと、原子量のいちばん少ないものから順に取ってあるに違いない。すると、その順序は、そうだね、ちょっと書いてみねば分からない」
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