「その電話をかけた男の声が、いま君の話した山本ではなかったかね?」
「さあ、山本の声をよく覚えていないし、それに電話の声は普通の声と変わるものだからはっきりしたことは分かりません」
 こう言って俊夫君は考えこみました。

     二

 間もなく自動車は、目的地たる春日町一丁目の空家の前に止まりました。それは街から少し引き込んだところで、建ててからまだ一年はたつまいと思われる平家《ひらや》でありました。
 小田刑事が先に立ち、私たちはそれに続いて屋内に入りました。雨戸がたった一枚あけてあるだけでしたから、中は薄暗かったけれど、でも何が起こっているかは、じゅうぶん分かりました。
 そこにはまったく意外な光景《ありさま》があらわれていたのであります。
 小田刑事が、死骸の番に残しておいた二人の刑事が、ともに猿轡《さるぐつわ》をはめられ、柱にしばりつけられていたのでして、私たちの予期した川上糸子の死骸は、そのあたりに見えなかったのであります。
 小田刑事は、思わず「あッ」と叫んで、二人のそばにかけより、二人の縄を解き、猿轡《さるぐつわ》をはずしました。
「僕が想像したとおりだ。兄さん、川上糸子が果たして殺されたかどうかも疑わしいよ」
 俊夫君は、私をふりかえってこう言いました。
 自由になった二人の刑事は、申し訳がないというような顔つきをして立ちあがりました。
「どうしたというんだ。君たちは。いったい死骸はどうなった?」
 と、小田刑事は尋ねました。
 二人の刑事が代わる代わる語るところによると、小田刑事が二人を残して、空家を出てからおよそ十分ほど過ぎると、いきなり覆面の二人の男があらわれて、背後からそれぞれ刑事たちを襲い、何か異様なにおいを嗅がされたかと思うと、そのまま気を失い、正気がついて見ると、二人とも柱にしばられ、猿轡をはめられていたばかりでなく、女優の死骸がどこかへ運び去られたというのであります。
「どんな風采の人間だったか分からぬかね?」
 と、小田刑事は、怒っても仕様がないと思ったのか、比較的やさしい声で、そのうちの一人に尋ねました。
「顔を包んで、黒い装束《しょうぞく》をしておりましたから、さっぱり分かりませんでした」
 俊夫君は、畳のあげられてある板の上を熱心に捜索しはじめましたが、別に手掛かりになるものは落ちておりませんでした。
「Pのおじさん。川上
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