。寒い風が街頭の木々を揺すっておりましたけれど、私は緊張のために、むしろ身体《からだ》の熱するのを覚えました。
 誘拐団は何のために帝都一流の女優を殺したのであろうか。何のためにわざわざ警視庁へ電話をかけて知らせ、なお俊夫君にあのようなからかい[#「からかい」に傍点]の電話をかけたのであろうか。
 これらの疑問を解こうと考えにかかると、頭の中もすこぶる熱してきました。が到底それは、私にはもちろん、俊夫君にとってもまだ解けない謎に違いありません。
 俊夫君は小田さんに尋ねました。
「さっき、川上糸子は毒殺されたものらしいとおっしゃいましたが、たしかに毒殺の形跡がありましたか」
「ざっと調べたばかりだから分からぬが、別に血は流れていないし、また絞殺された様子もないから、毒殺だろうと思ったのさ」
「あの名刺には、僕の名と進呈という文字の他に、名刺の持ち主の名が書いてあったようにおっしゃいましたが、それを覚えておいでになりますか」
「さあ、それがさっきから、どうも思い出せないのだ。たしかに今まで聞いたことのない名で、はじめの一字は『山』だったと思う」
「山本|信義《のぶよし》というのではありませんか」
「あッ、そうだ。きっとそうだった。君はその男を知っているのか」
「知っているどころか、実は先達《せんだっ》て川上糸子が首飾りを盗まれたとき、僕は探偵を依頼されて、山本が持っていることを知り、山本の手から首飾りを取りかえしたのですよ。事はいわば内済《ないさい》になりましたが、そのために山本は職を失いました」
「すると、そのことをうらみに思って、その山本というのが、川上糸子を殺し、死骸を君に進呈すると書いたのだろうか」
「さあ、それはどうだかまだ分かりません」
「さっき君は、僕の尋ねる前に、すでに春日町で人殺しのあったことを知っていたようだが、それはどうして分かったのか」
「ああ、そうでしたねえ。それを話す約束でしたねえ」
 そこで俊夫君は、深夜に男の声でからかい[#「からかい」に傍点]の電話のかかったこと、その電話は春日町二丁目の「近藤つね」という美容術師の家《うち》からであったこと、美容術師は、一人の女弟子とともに住んでいるが、覆面の盗賊に入られて麻酔剤を嗅がされ、人事不省《じんじふせい》に陥ったから、たぶん盗賊が電話をかけたのであろうということなどを順序正しく述べました。

前へ 次へ
全22ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小酒井 不木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング