は、先ず先ず理想に近いものだと思いました。
 沈黙というものは、訊問よりも却って怖ろしいものです。罪を持ったものが衆人の沈黙の中で而も自分の殺した死体と一しょに置かれるということは、非常な恐怖を感ぜずには居《お》られません。その上その死体が解剖され、腸管が切り出されて、生き返らしめられるのですから、大ていの犯人は白状する訳です。実際数例に施して一度の失敗もなかったのでしたから、私は腸管拷問法に可なりに興味を持ち、之を行っては人知れず愉快を覚えて居《お》ったのであります。
 ところが、世の中には、上には上のあるものです。遂にこの腸管拷問法も、何の役にも立たない人間に接しました。その人間がつまり私の左の頬の痣を造ったのでして、それ以後私は、腸管拷問法を初め、その他の医学的拷問法を一時中止することに致しました。

       四

 腸管拷問法に対して平気の平左衛門で居た人間というのは、三十前後の男でした。彼は左の頬に先天的に出来たらしい大きな痣がありました。その痣は黒くて、むしろ漆黒といってよい程でありました。最大径は四寸ぐらいあって、その形は蝶々といえばやさしいですが、むしろ毒蛾の羽を
前へ 次へ
全29ページ中17ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小酒井 不木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング