かねる声を発したかと思うと、見る見るうちに彼は顔色を土のようにして、その場に蹲《うずくま》ってしまいました。それから彼は、長い間言葉を発することが出来ませんでしたが、言葉を発するや否や、その罪状を逐一白状してしまいました。
 あるときは又、次のような異常な場面もありました。
 それは、ある金持の老婆の家に強盗にはいって、老婆を惨殺した、四十五六の、眼の凹んだ顴骨《かんこつ》の著しく出張った男でしたが、解剖の行われる間、彼はマスクのような顔をして、呼吸一つさえ変えずに、柱のように突立って居《お》りました。私は心の中で、「そんなに何喰わぬ顔をして居たとて駄目だよ、今にびっくりさせられるから覚悟をするがよい」と呟き乍《なが》ら、例の如く腸を切り出してガラス器に取りつけました。と、その時、今迄無表情であったその眼に、案の如く好奇の色があらわれました。
 解剖室の中には、白い手術服を着た私と助手と小使、その外に司法官と警官が一人ずつ、容疑者を加えて都合六人|居《お》りますが、決して口をきかぬことにしてありますから、あたりは森《しん》として居て、音のない腸の運動が、聞えはすまいかと思われる程の静か
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