ねてくるとはおかしいと思って、その理由《わけ》を尋ねると、
「来なければならぬからさ!」
と俊夫君はすましたものです。
「なぜ?」
俊夫君は黙ってポケットから紫色のサックを取りだして言いました。
「兄さん、そーら中をご覧よ」
そしてサックの蓋をあけたかと思うと、ぱっと閉めましたが、中には紅色の宝石がまがいもなくきらきらと輝いておりました。
「盗まれたダイヤか?」
と私は驚いて尋ねました。
「そうよ!」
「どうして君の手に入った?」
「犯人が隠しておいた所から取ってきたんだ。だから今晩犯人が、これを取りかえしにくるんだ」
「一体どうして探偵したんだい?」
「今晩犯人をつかまえてからお話しするよ」
「ちょっとそのダイヤを見せてくれないか?」
「いけない、いけない」
こう言って俊夫君は意地悪そうな笑い方をして、ポケットの中へ、サックを入れてしまいました。
私は俊夫君がどうして犯人をつきとめ、その犯人の手から紅色ダイヤを奪ったかを考えてみましたが、さっぱり分かりませんでした。
暗号の文句は、あのとおり俊夫君をからかったものにすぎないし、昨日《きのう》の『読売新聞』も私の見た範囲では、犯人の手掛かりになるようなこともなかったので、いくら考えても解釈はつきませんでしたけれど、私は俊夫君の性質をよく知っていますから、強いて聞くのは悪いと思って、俊夫君の命ずるままにしようと決心しました。
五時半に夕食をすまし、やがて六時になりました。戸外はもうまっ暗で、人通りも少なくなりました。七時に犯人が訪ねてきたら、俊夫君が扉《ドア》をあけ、私がとびかかっていって手錠をはめるという手順でした。かねて柔道で鍛えた腕ですから、どんな人間にぶつかっても何でもありませんが、犯人がどんな風な人間だろうかと思うと、私の心は躍りました。
とうとう七時が打ちました。すると果たして実験室の外側に足音が聞こえ、次いで扉をコツコツ叩く音がしました。俊夫君は私に眼くばせして、立ち上がりながら扉をあけにいきました。
「やっ!」
と一声、私は入ってきた男をめがけてとびかかりました。
「何をするんだ。俺だよ!」
という先方の声は、どこかに聞き覚えたところがありましたが、色眼鏡《いろめがね》をかけて顔いっぱいに鬚髯《ひげ》をはやしていましたから、こいつ胡散《うさん》な奴だと思って捩《ね》じ伏《ふ》せにか
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