異様の感じに打たれたのであった。
 良雄の母は、一人息子の可愛さに、これまで良雄のいうままにして来たのであって、こんど良雄が、遠縁に当る家の娘と恋に落ち、在学中にも拘《かか》わらず結婚すると言い出しても、母親は反対しないのみか、むしろ、一日も早く初孫《ういまご》の顔が見たさに、喜んで同意し、話が迅速に運ばれて、良雄が春期休暇に帰るをまって嫁を迎えることに決定してしまったのである。
 良雄は帰省して、はじめてあさ子の発狂したことをきいたのであるが、これまであさ子を盲目にしたことを何とも思わなかった彼も、自分故に発狂したかと思うと、何となく厭な気持がした。ことに夜分、彼女がよその家の屋根を歩いたということをきくと、一種の恐怖を感ぜざるを得なかった。しかも、こんどは嫁を迎えるというのであるから、一層、気味が悪かった。で、彼は、めずらしくも、結婚の日まで、一歩も外出しないことに決心した。
 素封家のこととて、結婚の準備は可なりに大袈裟なものであった。然し、万事は親戚や出入りの衆によって、何の滞《とどこお》りもなく運ばれ、愈々《いよいよ》四月のはじめに、自宅で式を挙げることになったのである。
 
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