当日の朝、空は心地よく澄み渡って居たが、正午《ひる》過から俄《にわ》かに曇り出し、夕方になって、花嫁の到着する時分には、春雨がしとしとと降り出した。でも花嫁の一行は無事に良雄の家に乗り込み、それから間もなく離れ座敷に於て、結婚式が挙げられることになったのである。
 式は八畳の座敷で、燭台《しょくだい》の光のもとに厳粛に行われた。外には春雨が勢を増して、庭の木の葉をたたく音がしめやかに聞えて来た。丸顔の花嫁は、興奮のためか、それとも蝋燭《ろうそく》の光のためか、幾分か蒼ざめて見えた。花婿の良雄も常になく沈んで見えた。母家の方からは、出入りのもののさんざめく声が頻《しき》りに聞えた。
 いよいよ三々九度の段取りとなった。雌蝶《めちょう》雄蝶《おちょう》の酒器《さかずき》は親戚の二人の少女によって運ばれた。仲人夫婦と花嫁と花婿。四人の顔には緊張の色が漲《みなぎ》った。やがて花嫁の前に盃が運ばれた。花嫁は顫える手をもって盃を取り上げた。酒は少女によって軽く注《つ》がれた。と、その時のことである。
 ポタリ! 天井から一滴、赤い液体が盃の中に落ちて、パッと盃一杯に拡がった。ハッと思う途端に続いて
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