ようにぬき足で彼女の傍へ来て、よく見るとそれは、六七|寸《すん》の藁人形であった。
あさ子はその藁人形を、左の手で老松にぴったりあて乍《なが》ら、右手で袂から一本の銀色に光る釘を取り出した。いう迄もなく良雄になぞらえた藁人形を松の木に磔《はりつけ》にしようとするのである。あわや、彼女の右手がその藁人形をぐさ[#「ぐさ」に傍点]と突き刺そうとしたとき、あさ子の右腕は丹七の手によってささえとめられた。
「あさ子、何をする」
「お父さん! わたしくやしい」
こう言ったかと思うと、あさ子は崩れるように父親にもたれかかり、両袖を顔に当てて、声をあげて泣くのであった。
丹七はあさ子の失恋に同情するよりも、「丑《うし》の刻《とき》参り」の真似をするわが子の心の怖ろしさに戦慄を禁ずることが出来なかった。樹間《このま》をもる月影に照されたあさ子の、波打つ肉体の顫律《せんりつ》を感じたとき、丹七は二十年の昔、河の中から引き上げられたあさ子の母の死骸に触れた時の感じを思い起してぎょっとした。
あさ子も母の血統《ちすじ》を受け、思いつめたあげくに、万一のことを仕兼ねないかも知れぬと思うと、全身の血が凍
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