三[#「三」は中見出し]

 それはある冬の夜中のことであった。ふと、丹七が眼をさまして見ると、傍《かたわら》に寝て居る筈のあさ子の姿が見えないので、はっ[#「はっ」に傍点]と思って蒲団《ふとん》の中に手をやるとまだ暖かい。多分便所へでも行ったのだろうと思って暫らく待って居たが一こう帰って来る様子がなかったので、
「あさ子、あさ子」
 と呼んで見ても更に返事がない。丹七は恐ろしい予感に襲われ、急いで着物を引っかけて戸外《そと》に出て見ると、月が中天に懸かってあかるく、あたりは森閑としてあさ子の姿は、そのあたりに見えなかった。
 ふと、耳を澄すと、その時神社の境内から拍手のような音が聞えて来た。丹七は、扨《さて》はと思って境内に入《い》り、音のする方へ近づいて行くと、果してあさ子は神様の前にひざまずいて、拍手をしながら、何事かを祈念して居るのであった。
 暫らく祈念を凝してからやがて、あさ子は立ち上った。彼女は両手を前に差出しながら手さぐりで歩いて、一本の老松《おいまつ》のそばに歩み寄ったが、両手が老松に触れるや否や立ちどまって懐の中から白い人形のようなものを取り出した。丹七は気づかれぬ
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