あさ子、何も不運だと思ってあきらめてくれ」
 こういって丹七は拝むようにして、あさ子を慰めるのであった。
 あさ子と良雄との恋が始まったとき、丹七は早くもそれと感づいたけれど、前に述べた理由で見て見ぬ振りをして居たのであった。どうせ身分がちがうことであるから、良雄とあさ子との結婚は望み得ないものとは思って居たのであるが、あさ子を不具《かたわ》にしてしかも、振り捨てて顧みなくなった良雄の仕打に対しては、まんざら腹が立たぬでもなかった。
 丹七とはちがい、あさ子は良雄の言葉を信じて、良雄と結婚することが出来るものと思って居た。それだけ、捨てられた時の彼女の悲しみは大きかったのである。そうして、良雄の甘い数々の言葉が、単にその情慾を満すために発せられたものであると思うと、彼女は立っても居ても居《お》られない程くやしかった。
 休暇に帰っても、もはや良雄はあさ子の家をのぞきもしなかった。そうして良雄の胸の中から、あさ子の影はいつの間にかかき消されてしまって居た。然し良雄の胸にあさ子の影が薄らぐと正反対にあさ子の胸には、良雄を思い、良雄をうらむの念がいよいよ濃厚になって行った。

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