親の丹七は、短刀をもって胸を抉《えぐ》られるほど辛かった。けれども、良雄の亡き父には、かつて一方ならぬ世話に逢ったのであるから、丹七は良雄をうらむ訳にもいかず、
「あさ子、堪忍してくれ、みんな俺が悪いのだ。俺の罪の報《むくい》がお前にあらわれたのだ」と、涙ながらに歎息するのであった。
 丹七は伊勢の国の生れであって、他人の内縁の妻と駈落ちして、二人でこの村の遠縁のものをたよって流浪《るろう》して来たのであるが、その遠縁のものはその時死んで居らず、やむなく、良雄の父にすがりつくと、義侠心《ぎきょうしん》に富んだ良雄の父は、近所のあき地に小さい家を建ててやって二人を住わせ綿打業を始めさせたのである。
 間もなく二人の間に出来たのがあさ子であった。然しあさ子を生むと同時にあさ子の母は発狂して、川に身を投げて死んでしまった。丹七はそれを天罰だと思い込み、爾来《じらい》、やもめ暮しをしながら、あさ子を育てて来たのであるが、こうして再びあさ子の身の上に悲運が落ちかかって来たのも、やはり、自分の犯した罪のむくいであると考えざるを得なかった。
「大恩ある旦那さんの手前、良雄さんには不足はいえないのだ、
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