授に逢って二三世間話をし、その間に貴様が教授の声色《こわいろ》や癖を研究する。それから突然二人で教授を縛り上げて猿轡《さるぐつわ》をかませる。そうして貴様が持って行った扮装道具で手早く教授に扮装して解剖室へ行く。その間、俺は教授室の中から鍵をまわして本物の教授の番をしている。貴様は解剖室で助手に命じて胃腸を切り出させ、一寸自分の室へ行ってくるといって、そいつをもって帰ってくる。そこですぐさまもとの服装にかえり、臓物を新聞紙に包んで法医学教室を抜け出す。どうだい? これなら、そんなにむずかしいことはないじゃないか」
「うまいうまい」と、京山は、はや計画が成功したかのように、うれしそうな顔をしていいました。まったくこの計画が成功すれば二十万円を二人でわけることが出来るのですから嬉しいにちがいありません。「それじゃ、そういうことにして準備に取りかかろう。これから一寝《ひとね》入りしたら貴様すまぬが自働電話をかけて、解剖が何時にはじまるかきいてくれよ。それとも、解剖はもうはじまったかも知れぬかな?」と、不安そうな顔をしました。
「大丈夫だよ。九時より前にはじまることは決してないよ」と、仙波は自信をもっていいました。

       四
 九時少し前、仙波は法医学教室へ自働電話をかけに行って、にこにこしながら、帰って来ました。二人とも熟睡と朝食との為に、溌溂とした元気でおりました。
「どうだった?」と京山がたずねました。
「上首尾さ」と、仙波は答えました。「午後の正三時に解剖が行われるというのだ」
「そりゃ都合がいい」と、京山も嬉しそうにいいました。「時に、電話で、どういって先方へたずねたのかい?」
「別にむずかしいことはなかったさ」と、いいながらも仙波は少なからず得意です。
「こちらは警察のものだが、昨晩、S区B町で殺された死骸はもう着きましたかとたずねたのさ。すると、小使の声で、今朝早く着きましたという返事よ。〆《しめ》たと思ってね。それから、解剖は何時からですかというと、午後の三時からだという答えなんだ。万事工合よく行ったよ」
 それから二人は扮装に必要な道具を吟味しました。そうして、午後二時四十分ごろ法医学教室をたずねた時には、二人はまったく、私服の警察官らしい姿になっておりました。
 だから、二人は教授室へ、何の疑惑もなく迎え入れられました。京山は教授の顔を一目見るなり、なるほど自分の顔に似たところがあると思い、同時に教授の態度や声色が極めて真似し易いことを知りました。
 教授との二三の会話の後、いま、解剖室には警察や検事局の人が立合って、教授の行くのを待っているばかりであるということがわかりました。で、仙波はすばやく京山に合図をして、あッと思う間に教授に猿轡《さるぐつわ》をはめ、教授をしばり上げました。そうして五分たたぬうちに、京山は、白い手術衣をつけた奥田博士になり切ってしまいました。
 贋の奥田博士が廊下に出るなり、むこうから、同じく白服を着た男が来ました。京山は直覚的に、それが助手であると知りました。
「先生、もう皆様《みなさん》がお待ち兼ねですから、呼びにまいりました」
「そうかね、今一寸手が離せなかったものだから」と贋博士は鷹揚《おうよう》な態度でいいました。
 助手は敬意を表する為、教授の後にまわって歩こうとしました。京山ははッと驚きました。解剖室がどこにあるかわからないので、思わずもその場に立ちどまってしまいました。が、さすがはこれまで幾度《いくたび》となく扮装したことのある京山ですから、突嗟《とっさ》の間に、ある考えを思いつきました。
「実は今日の解剖は君たち二人にやってもらうことにしたよ。だから、そのつもりで一足先へ行って、もう一人の助手にそういってくれたまえ」
 助手は怪訝《けげん》そうに教授の顔を見上げていいました。「矢野君は今日留守で御座いますから、先生と御一緒に解剖するはずで御座いましたが」
「いや、そうそう」と京山は、内心ぎくりとしながら答えました。「ついうっかりしていた。実はねえ、あの死骸は少し怪しいと思うところがあるから、腹の中の……五臓を僕自身で検《しら》べて見たいと思うのだ。だから君面倒だが、真先に腹の中のものみんな取出してくれぬか」
『五臓』などという言葉をこれまで一度も先生の口からきいたことがないので、助手は不審に思いましたが、矢野助手の不在を忘れるくらいだから、先生今日はどうかしてるなと思いました。
「承知しました」こういって助手が先になって走り出そうとすると、
「あ、君一寸」と贋教授はよびとめました。「君、僕はここで待っているが、腹の中のものだけ切り出して持って来てくれぬか。何だか今日は気分がすぐれないから」
 少々京山も臆病になって来ました。
「でも先生、先生の口から、一応検事に
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