稀有の犯罪
小酒井不木

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)一寸《ちょっと》

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(例)しみ[#「しみ」に傍点]
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       一

 悲劇というものは、しばしば、まるでお話にならぬような馬鹿々々しい原因で発生するものであります。ほんの一寸《ちょっと》した出来心や、まったく些細ないたずらから、思いもよらぬ大事件を惹き起すというようなことは、よく物語などにも書かれているのであります。
 これから私が御話しようとするのも、やはり馬鹿々々しい原因で、三人の宝石盗賊がその生命を失う物語であります。というと、察しのよい読者は「ハハア宝石を取り扱った探偵小説だな。今どき探偵小説の中へ宝石を持ち出すなんて古い古い」と仰《おっ》しゃるにちがいありません。実際そのとおりで、宝石とピストルにはお互いにもう厭き厭きしてしまいました。
 けれども、懐中時計が宝石を断念する事ができぬと同じように、探偵小説もなかなか宝石と絶縁することはむずかしいのであります。まったく、宝石の色と光とはたまらなくいいものです。じっと見ていると、しまいには一種の法悦を感ずるくらいでありますから、箕島《みのしま》、仙波《せんば》、京山《きょうやま》の三人が、共謀して、宝石専門の盗賊となったのも、あながち酒色に費す金がほしいばかりでなかったのであります。しかし、どうして三人が一しょになって仕事をする様になったか、また、三人がどういう生い立ちの者であるかというようなことは、この物語とは関係のないことですから、申し上げません。とにかく、三人は宝石に対する趣味を同じくして、他人の秘蔵している宝石を盗んだのですが、いつも一定の時日愛翫すると、それを売り払って、金にかえ、しばらくの間にその金を費い果してしまうのでした。
 して見ると彼等三人の宝石に対する趣味は、純なものだとはいわれません。それのみならず、彼等は、宝石を奪うためには、他人を傷つけたり、殺したりすることさえ敢《あえ》てしましたから、いわば彼等の趣味は悪趣味というべきものでした。
 こうした悪趣味は、そんなに長い間、青天白日の下で栄えるものではありませんが、不思議にも警察は、久しくその悪趣味を除くことに成功せず、実をいうと、彼等三人が、何処に住《すま》って、どんな容貌をしているかさえ知らなかったのであります。知っているのはこの物語の作者ばかりで、実は彼等は市内に二ヶ所の住居《すまい》即ち根城を持っていましたが、三人とも非常に変装に巧《たくみ》でありまして、単に風采を変えるのに秀でていたばかりでなく、他人の容貌に扮装することも、彼等にとっては極めて容易な業でありました。だから、警察には中々わからなかったのであります。何しろ盗賊にはいって、ただちにその家の主人公に扮装することなどがあるのですから、無理もありません。
 ところが、悪運が尽きたとでもいうのですか、それとも、阿漕《あこぎ》が浦で引く網も度重なれば何とやらの譬《たとえ》か、警察ではやっとのことで、彼等の二つの住居の中の一つを嗅ぎ出したのです。場所はS区B町という尼寺の多い町でして、まったく宝石盗賊などの住みそうもないように思われる場所なのです。しかも、いざというときには、うまく逃げられるように、警察の知らぬ秘密の通路などがこしらえられてありました。
 で、警察では、こんど、三人が何処かの邸宅にはいって宝石を盗んだならば、すぐこの根城を襲って彼等を取り押える手はずになっていたのであります。このことは、やはり作者が知っているだけで、彼等三人はちっとも知らなかったのであります。さればこそ、彼等がN男爵家にはいって、男爵の秘蔵していた青色のダイヤモンドを盗むなり、警察のために、その根城に踏みこまれ、しかも、妙な行きがかりから、三人とも生命を失うようなことになったのであります。
 N男爵家の青色のダイヤモンドは、彼等三人の久しく狙っていたところのものであります。それは時価少くとも二十万円の宝石でありまして、大きさは無名指の頭ぐらいですけれど、その色が南国の海の様に青く、たまらなく美しいのであります。実は彼等は、これを奪うなり、暫く日本から離れて、支那へでも渡ろうという計画を建てていたのですが、とかく、世の中のことは、予定通りにはまいらぬもので、とうとう支那よりももっと遠い、十万億の仏土を隔てたむこうまで旅行することになりました。

       二

 お話の順序としては、彼等が如何なる手段をもって、N男爵家の金庫の中にあったダイヤモンドをまんまと手に入れたかを語らねばなりませんが、そういう探偵小説はもういい加減に読者諸君が厭き厭きしておられるであろうから、私は、いきなり、三人が、B町の住居の一
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