と仙波は京山の注意を促すようにいいました。「おれの身にもなってくれ。おれは人殺しをして、今日から日蔭ものだよ。もっとも、つかまった時には貴様にも、まきぞえを食わしてやるつもりだがな、まあまあ当分はつかまらぬつもりだから心配せぬでもいい。それよりも、何か新らしい仕事を計画しようよ」
「新らしい仕事よりも、おれはあの箕島の嚥みこんだダイヤモンドを取りかえしたいと思うんだ。何とかよい方法はないものかなあ」
 京山はどこまでも青色の宝石に未練を残しておりました。
 いわれて見れば仙波にしても、まんざら惜しくないこともありません。といって今ごろは警察の手に渡ってしまったであろうところの箕島の死骸の中から、問題のダイヤモンドを取りかえすことは、到底不可能のことであります。
「駄目だよ。箕島の身体はもう、こっちのものでないからな。それにしても、どうして警察の奴等が俺等の巣を嗅ぎ出したのだろう。ことによると、箕島の奴め、警察に密通して、あの場合、俺等二人を警察の手に渡して、ずらかるつもりだったかも知れん」と、仙波は、どこまでも、箕島の行動を誤解しております。
「だから、宝石が箕島に占領されたかと思うと、いよいよ残念じゃないか」と、やっぱり、京山にも箕島の真意がわかっておりません。
「それもそうだなあ」と、仙波も考えはじめました。「けれど、とてもとてもとり戻す手段はないじゃないか」
「そこを何とか工夫して見ようじゃないか。貴様は俺より人間の身体の中のことはずっと委《くわ》しいはずだから、一つよく考えて見てくれ」
 仙波はもと、T医科大学の病理学教室の小使をしていたことがあって、人間の解剖に馴れていたので、京山はこういったのです。仙波は人間の解剖をたえず見ていたので、自然殺伐な性質が養われたわけですが、いかに人体の内部のことにくわしくても、箕島の体内にはいったダイヤモンドを取り返す妙案は浮びそうにもありません。
「待てよ」と仙波は腕を組み、眼を閉じて、しばらくの間考えこみました。朝が近づいたと見えて、街から荷車のとおる音が聞えて来ました。二人は別に疲れた様子もなく一生懸命に考えました。
 やがて、仙波の顔にはあかるい表情がうかびました。
「あるよ、妙案が」と、仙波はにこにこしながらいいました。
「どんなことだい?」と京山は息をはずませました。
「まあ、ゆっくり聞け」と、仙波は得意気にいいました。「箕島の死骸は、今日、大学の法医学教室へ運ばれて、解剖されるにちがいない。おれは病理学教室にいる時分、時々法医学教室へもいったが、法医学教室は教授と助手二人と小使との四人きりで、解剖は教授がやることもあるし、助手がやることもあるのだ。殺人死骸が外から運ばれてくると、とりあえず解剖室に置いて、すぐさま、解剖の始まることもあるが、大ていは、四五時間の後か、或は教授の都合により、翌日に行われるのだ。だから、こんども、その間に、うまく教室へしのびこんで、死体の腹を開いて、胃の中から、ダイヤモンドを取り出せばいい」
「なる程なあ」と、京山もこの妙案に力づけられていいました。「けれど、夜分ならともかく、今日の昼中解剖が行われて警察の人間がそばに居たら、盗みにはいることも出来ないじゃないか」
「それもそうだ」と、仙波は再び考えこみました。そうして暫くの後、何思ったか、じっと京山の顔を見つめて、にこりとしながら「いいことがある」と叫びました。
「何だい、俺の顔ばかり、じろじろながめて」
「その貴様の顔が入用なんだよ。というのは、貴様に白い鬘《かつら》をきせて、胡麻塩《ごましお》の口髭と頤髭とをつけると、法医学教授の奥田博士とそっくりの顔になるんだ。だから、教授に扮装して教室へ入りこみ、ダイヤモンドを取り出してくればよい」
「なるほど、もしそうだったら、そいつは面白い」と、これまで三人のうちで扮装の一ばん巧だった京山は、一種の誇りを感じていいました。が、次の瞬間、急に顔を曇らせました。
「けれど、俺は解剖のことをちっとも知らないんだから駄目じゃないか。もし沢山の人がいたら、何とも仕ようがないじゃないか」
「そこだよ、貴様の腕を見せるところは、つまり、教授に扮装して、助手に命令し、万事助手にやらせて見ておればよいのだ」
「けれど、そうすれば、ダイヤモンドをその助手にとられてしまうじゃないか」
「無論ぼんやりしていてはいけない。即ちその助手に命じて、胃と腸は都合によって自分で研究して見たいからといって、胃腸を切り出させ、それを貰って逃げてしまえばよいのだ」
「そうか。しかし、同じ教授が二人おればすぐ見つかってしまうじゃないか」
「それで、俺が力を貸してやろうと思うんだ」と、仙波もいつの間にか、真剣になりました。
「先ず、貴様と一しょに警察のものだと偽って法医学教室をたずねる。教
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