ができてのちも、同じ腹から出た総領のように夫妻から愛されて成長しました。ことに健吉くんは性質が温良でしたので、主人奥田氏の気に入って氏が逝去の際も、三人の子がみな若かったから財産はいったん夫人に譲ることにしたものの、行く行くは家督を健吉くんに譲るように、くれぐれも遺言していったということです。
 爾来《じらい》十五年間、三人の兄妹は勝ち気な未亡人の手によって、ことし健吉くんが二十七歳、保一くんが二十四歳、きよ子嬢が二十二歳になるまで無事に育て上げられました。ところが、いかに勝ち気の未亡人でも人間の性質というものはいかんともすることができなかったと見え、二男の保一くんは兄とはすこぶる違って、いわば不良性を帯びてきたのであります。健吉くんは大学を卒業してから、デパートメント・ストアで名高いM呉服店の会計課に勤めることになりましたが、保一くんは大学を中途にて退学し、放蕩《ほうとう》に身を持ち崩しました。
 未亡人は保一くんがかわいかったため、金銭上のことはずいぶんやかましい人であったけれど、保一くんのためにかなりの金額を支出してやりました。しかし昨年の春、保一くんが某所の遊女を身請けしようとしたときには、長男の手前もあったであろうが徹底的に怒って、昔のいわゆる勘当をすると言い出しましたけれど、なんと言われても保一くんは初志を貫徹しようとしましたので、健吉くんが仲に入ってその遊女を身請けさせ、一方、未亡人の意志を尊重するためひとまずY区に別居させて売薬店を開かせ、当分出入りを禁じたのであります。ところが、未亡人は勝ち気な人であるだけ一面はなはだ頑固であって、保一くんが請け出した女と手を切らぬ間は決してふたたび会わないと言って、健吉くんやきよ子嬢が何度頼んでもどうしても聞き入れず、ついに今回の悲劇が起こるまで勘当の状態が続いたのでした。
 さて、話はここで健吉くんのことに移らねばなりません。健吉くんは保一くんと違って素行がきわめて正しかったのですが、最近Mデパートメント・ストアに勤めている、ある美しい女店員と恋に陥りました。間もなく二人の恋は白熱しました。とうとう健吉くんは去る七月十五日に、未亡人に向かって恋人を妻に迎えたいと告げたのであります。
 ところがです。未亡人はどうつむじを曲げたものか、非常に憤慨しました。あるいは未亡人に無断で恋人を作ったのが気に入らなかったのか、
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