からなかった。
 凡そ五分の後、数人のボーイが、手に手にランプを運んで来た。そのランプの光によって、ホールの一隅に起った恐ろしい出来事が明かにされた。即ち、当夜の主人公たるD外務大臣が、胸部をピストルで打たれて、椅子から辷《すべ》り落ち、床の上に仰向《あおむき》に斃れていたのである。
 丁度その時、外相は、首相と、米国大使と、I警視総監と四人で雑談に耽《ふけ》っていたのであるから、いわば外相暗殺は、皮肉にも警視総監の眼前で行われた訳であって、平素冷静そのものといわれている総監もいささか狼狽したらしく、外相を抱き上げて口に手を当てたり、脈搏を検査したりしたが、外相は既に絶命していて如何《いかん》ともすることが出来なかった。
 丁度その時パッと電燈がついて、真昼の明るさにかえったが、あまりに恐ろしい出来事のために、人々は三々伍々寄り集まって小声で囁き合った。暗殺の行われたときホールの反対の隅に居た外相夫人は直ちに駈けつけ、平素女丈夫と言われているだけに、少しも取り乱すところがなく、暫らくの間外相を介抱していたが、最早助からぬと見るや、警視総監と相談して、取りあえず官邸の内外を厳重に警戒せし
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