寂しそうに笑って首相と顔を見合せた。
「どうです、得る所がありましたか?」と、首相は立ち上りながらたずねた。
松島氏は軽く会釈した。人々は何を言い出すかと一斉に松島氏の口元を見つめた。松島氏はその時、極めて落ついた声で言った。
「実に難事件です。あまりにスキのない完全な事件ですから、慾をいえば、たった一こと欠けております」
「え? 何か事件に欠点があるというのですか?」とI総監は訊ねた。
「そうです。いわばこの事件には、たった一つ大きな手ぬかりがあります」といって、松島氏はにこりと笑い、更に言葉を続けた。「それに、犯人もたった一つ手ぬかりをしております!」
四
不思議な実験によって、事件そのものに大きな手ぬかりを発見し、犯人の手ぬかりをさえ見つけた松島氏も、犯人そのものを見つけることは出来なかったと見えて、一月《ひとつき》を経、二月《ふたつき》を過ぎて、その年が暮れても、D外相暗殺の犯人は逮捕されなかった。松島氏は外相夫人に向って、ただこの上は時節を待つより外、施すべき術《すべ》のないことを告げ、いつかは犯人の知れる時期があるであろうという、はかない希望を与えるに
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