訊《たず》ねました。
「いえ、まだ十日ばかりにしかなりません、あなたは?」
 とわたしが言うと、
「今日の正午《ひる》に着いたばかりです」
 その時、海から急に冷たい風がどっと吹いてきて、ぽつりぽつりと大粒な雨が落ちはじめ、なんだかいまにも大雨がありそうでしたから、わたしたちは神社に登ることをやめ、紳士とともにあたふたS旅館に引き上げました。
「どうです、わたしの部屋へ来ませんか」
 と紳士が言ったので、わたしたちは遠慮なく海に面した紳士の部屋に押しかけました。その時、雨は飛沫《しぶき》を飛ばすほどの大降りとなり、初島のあたりにはもはや何物も見えなくなって、夜の色がにわかに濃くなっていきました。
 わたしたちは明け放した障子の敷居のところに胡坐《あぐら》をかいて、いろいろな世間話をしましたが、突然紳士は真面目《まじめ》な顔をして、
「今日、一緒に風呂へお入りになった女の人はお近づきなのですか」
 と訊ねました。
 わたしはその看護婦について知っているだけのことを話し、そうして、トランプに負けた者にああした悪戯書きをするのであると説明しました。
 すると紳士は笑うかと思いのほか、夜目にも
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