とに決定するまでには、自殺を決心した午後七時から、凡《およ》そ五時間かかったよ。では、何故、ゆうべのうちに――をのまなかったかと君は問うであろう。いかにも、今この手記を認《したた》めて居るのは午前五時であるから、約五時間ほどの時間が空費されたのだ。然し、それは決して空費されたのではなく、その間に極めて重大なことが計画されたのだ。
 しからば、僕がどんなことを計画したかというに、これは僕の意志の弱さから起こったことであるから、まことに慚愧《ざんき》に堪えないが、いざ――をのむ段になると、僕の手は急に硬ばったような気がしたよ。そこで――を一先ず机の上において、何故に、僕の手が服用を躊躇するに至ったかを、静かに分析考慮したのだ。
 すると僕は意外なことを発見した。即ち、たとい一旦死を覚悟しても、いつの間にか生に対する執着が心の中で頭をもたげていることに気づいたのだ。もし僕が、自殺を決心した直後に死んでいたらば、生に対する執着などは起こりそうにないが、自殺の方法を考えて居る五時間のあいだに、自分では他事を考える余地はないと思っていたにかかわらず、入道雲のように生の執着が心の一方に蟠《わだかま》
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