状の起こるのは何としても不愉快である。又青酸は瞬間的に死を起こすといわれておるが延髄の呼吸中枢を冒して窒息を起こさせるのだから、僕にはやはり縊死と同じように恐ろしいのだ。で、結局は、愉快に眠って、眠ったまま、いつとはなしに死んで行ける催眠剤の種類が僕にとっては一ばん好都合なのである。
 同じ催眠剤のうちでも、味の苦いのは御免だ。また多量に服用しなければならぬものも御断りしたい。が、それについて幸福なことは、こんど発見された――という催眠剤だ。これは君も知っているとおり、味もなければ臭気もなく、又極めて水に溶解し易く、かつ〇・二グラムという少量で二十貫の体重の人を殺すことが出来るのだ。それにこの新薬はその作用が、服用後一時間にあらわれ、しかも服用後五分間には血中に吸収されるのであるから、モルヒネやその他の薬剤とちがって、服用五分後に胃を洗滌しても、最早その人を救うことが出来ないのだ。まったく僕のような感情を持ったものが自殺するには屈竟な毒であるといってよい。
 医者をして居る御かげに、この――を手に入れる苦心はいらない。その点には何等の考慮を費さずに死ねるのだ。然し、僕がこの――で死ぬこ
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