悪を以て充填されたる欧洲列国中に一個の自由、平等、平和なる瑞西を見るは、恰も渺漫たる砂漠の中に、緑陰清泉のオーシスを見るが如し、万国の社会主義者が夢寐に之を憧憬して、足一たび欧洲に入る者、皆な此処を以て慰安、休息の地となさゞる者なき、宜なり。
安部磯雄君の『地上の理想国、瑞西』の一書は、瑞西の政治、経済、教育、社会の状態を説述して其詳を極むる者、稿既に脱して今印刷者の手に在り、其発行は応さに数日の内に在る可し、吾人は同志諸君と共に此書に依りて平生の渇想を慰するを得ん哉、嗚呼日本の明媚なる山光水色は決して瑞西のそれに譲るなし、而して其民をして亦瑞西の如くならしむるもの、果して誰が任ぞや。
五月三日天気晴朗なり、此晨歩して日比谷公園に至れば、数千株の杜鵑花、昨夜の雨に洗はれて、見渡す限り紅氈を敷ける如く、目さむる心地す、楽天の「日は血珠を射て将に地に滴らんとし、風は焔火を翻へして人を焼かんと欲す」の句、何ぞ其妙なるや、恨む枯川をして此美観を貪看せしめ得ざることを。
人獄に入るの時、書は世に出たり、枯川が訳せるゾラの『労働問題』てふ一小説、盛装して机上に在り、我が此書に於て尤も喜ふ所は
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