圧的にすべての写真を取り出す事を命じた。細君は唯々として分厚い写真帳や古ぼけた写真を彼の目の前に運んだ。
 写真帳を繰っているうちに、石子刑事は思わずあっと叫んだ。
 それは半ば口惜しい叫声で、半ば感嘆の叫声だった。写真帳のどの部分からも支倉自身の写真と思われるものは尽《こと/″\》く引裂かれているのだった。

 何と云う抜け目のない悪人だろうか。
 写真帳からは彼の一人写しは無論、二、三人で写しているのや、大勢と一緒に写している写真の彼の姿と思われる部分はすっかり引裂いてあった。無論手箱の中に収められたキャビネや手札形の写真の中には彼の姿の片鱗さえなかった。いつの間に之だけの周到な用意をしたのだろうか。
 石子刑事は何気なく聞いた。
「奥さん、此間のあなたの焼増はどれですか」
「それはあの」
 彼女はドギマギしながら、
「お友達の所へ送って終《しま》いました」
 石子刑事は細君の顔色をじっと観察した。それから半ば引裂かれた写真の台紙に残っている写真館の名を手帳に控えて外に出た。
 それから彼は手帳に記された二、三の写真館を訪ねた。驚いた事にはどの写真館でも石子刑事の求める種板はすべて最近に買収せられていた。無論支倉の仕業に相違ない、余りの彼の機敏さに石子刑事は茫然とした。
 けれども彼はこんな事では屈しなかった。
 彼の頭脳《あたま》には半ば引裂かれた一葉の写真が記憶に残っていた。それは支倉が四、五人の宣教師仲間と写したものらしく、無論彼自身の姿は引裂いてあったが、右の端に白髪の外国人が端然と腰をかけていた。外人宣教師は数も少いし、支倉の派に属するものとすれば一層範囲は狭められるし、殊に白髪の老人と云う特徴があるから、どうにか尋ね出せそうに思われた。
 彼は二、三の教会を尋ね廻った。そうしてそれがどうやら府下中野の中野教会のウイリヤムソンと云う牧師らしい事が分った。
 石子刑事はその足ですぐに中野に向った。短い冬の日はもう暮れかゝっていた。
 中野教会でウイリヤムソンの所を聞いて狭苦しい横丁を幾曲りかしながら、彼の宅を訪ねると幸い彼は在宅だった。遭って見ると確に写真の老人に相違なかった。
 対手が外国人だし、宣教師と云う職にある人だし、聞き届けて呉れるかどうか危ぶみながら支倉の逃亡した話をして、一緒に写している写真を貸して貰いたいと切出すと、案じるより生《うむ》が易く、彼は、「神様は悪い事の味方しません」
 と云って快く支倉と一緒に写っている写真を貸して呉れた。
 石子は帰署して手に入れた写真を大島司法主任に差出すと、牛込細工町の自宅に帰った。
 妻のきみ子はいそ/\と彼を迎えたが、やがて一通の封筒を差出した。書留速達で来たものだった。取上げて見ると、あゝ、又しても支倉からの手紙だった。彼は思わず力一杯畳の上に叩きつけた。妻は眼を丸くした。
 内容は相も変らず嘲笑に充ちて居た。近いうちにお宅へお礼に出るなどと書いてあった。それにしても彼はどうして自分の宅の番地を知ったのであろうか。
 呆気にとられている妻に手短に事情を話した末、石子は云った。
「こんな奴の事だから事によったら本当に俺の宅に来るかも知れない。無論俺の留守を覗って来るのだ」
「まあ嫌だ」
 妻は顔をしかめた。
「馬鹿! 刑事の女房がそんな事でどうするのだ」
 彼は苦笑いしながら、
「もし来たら、何食わぬ顔をして丁寧にもてなして上へ上げて、お前はお茶菓子でも買いに行くような風をして交番へ行くんだ。交番の方はよく頼んで置くから分ったかい」
「えゝ、もし来たらそうしますわ」
「よしじゃ俺は一寸交番へ行って来る。きゃつ事によったら、こゝの近所をうろついたかも知れない」

「君、こう云う奴が僕の事を何か聞かなかったかい」
 交番に行くと石子刑事は、そこにいた顔馴染の巡査に支倉の容貌を委《くわ》しく話した。
「えゝ、来ましたよ。朝でした。丁度私の番の時です。そいつに違いないのです」
 巡査は答えた。
 彼の話によると、今朝方支倉はブラリとこの交番を訪ねて、繃帯をした腕を示しながら、
「私は此間電車から落ちてこの通り怪我をしたのですが、その節傍に居られた石子刑事さんに大へん御厄介になったのです。是非一度お訪ねしてお礼がしたいのですが、あの方のお住居は、どちらでしょうか」
 と聞いたのだった。
 で、巡査は委しく石子刑事の宅を教えたのである。
「繃帯をしていたって?」
 石子は聞き咎めた。
「えゝ」
「怪我をしたようだったかい」
「そうですね、どうもそうらしかったですよ」
 どうして怪我をしたのか知ら。二階から飛降りた時かしら。
 石子は鳥渡考えて見たが、もとより分る筈がなかった。
「ではね、君、もし今度この辺をうろついていたら、早速捕まえて呉れ給え」
 石子はそう云い置いて家
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