ああ、僕はその訳を知っている。いつか、島内君の時もそうだったけれども、飛山君は可哀そうに今この村の人に排斥《はいせき》されているのだ。その訳は、一体飛山君のうちは貧乏で、とても飛山君を中学へなんか出せないのだけれども、飛山君が学問が好きでよく出来るものだから、無理にせがんで中学に入れて貰《もら》ったので、飛山君は苦学をしているんだ。朝早く起きて近所の牧場へ行って、牛乳を搾《しぼ》ったり、いろいろの用をして、それから遠い道を学校まで通って来るのだ。学校から帰れば又人の家へ働きに行く。そんなに働きながら森君にまけない位よく出来るのだから全く偉いと思う。
 所が、その飛山君がこの頃だんだん出来なくなってきた。臨時試験には何でも満点を取って置きながら、この頃はどうかすると先生の質問につかえて返事が出来なかったり、前の日に習った事を忘れたりする。どうも変だと思っていたら、やっぱり訳があった。その訳と云うのは、飛山君のお父さんは東京のどこかで贋紙幣《にせさつ》を使おうとして捕まったんだそうだ。そして今は警察に留《と》められているんだって。こんな心配があっては飛山君の出来が悪くなるのは当前《あたりまえ》だ。そんな事で、村の人はきっと飛山君を排斥しているに違いない。
 僕は前の島内君の事があるので、飛山君と遊んで好《い》いかお母さんに訊《き》いて見た。するとお母さんは、
「構いませんとも。飛山さんは少しも悪い事をしたんじゃありませんし、飛山君のお父さんも、学校の先生に伺ったり、新聞で読んで知ったのですけれども、贋紙幣を拵《こしら》えたのではなくて、使おうとしただけで、しかもそれは贋《にせ》だとは知らなかったのです。けれども、飛山さんのお父さんは、その紙幣《さつ》がどうして手にはいったかと云う事をどうしても云わないのです。それで警察に留められているのです。お父さんは大方誰か恩になっている人から、それを貰ったので、その事を云うと、その人の迷惑になると思って黙っているのでしょう。今時|他人《ひと》の迷惑になるのを恐れて、警察に留められても黙っているなんて珍らしい方ですよ」
「お母さん、贋紙幣ってどうして造るの」と訊いて見たら、お母さんはそんな事は知らないと云った。そうして紙幣《さつ》と云っているけれども、あれは正しくは兌換券《だかんけん》と云うもので、日本銀行と云う銀行が発行してい
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