呼んで可愛がる。妙なもので、犬の方でも可愛がって呉《く》れる人は分ると見えて、時にはわんわん吠えて逃げて行くのもあるけれども、大抵《たいてい》の犬は尻尾《しっぽ》を振りながら森君の傍《そば》に寄って来る。
 森君は舌を鳴らしながらその犬を呼んだ。真白のおとなしそうな犬で、おどおどしながらも、嬉《うれ》しそうにヒョコヒョコと森君の傍に寄って来た。見ると、可哀相《かわいそう》にびっこを引いている。森君も直ぐ気がついた。
「オヤ。びっこを引いているじゃないか。どうしたんだい。ちょっと脚をお見せ」
 森君は往来にしゃがんで犬を抱えるようにして、びっこを引いている脚を持上げて、丁寧に調べた。
「やっぱり蝨《だに》がついているんだ。可哀そうに。脚の爪の間に蝨がつくと、自分では取れないからな。よしよし取ってやるぞ」
 森君は犬の脚を高く上げて、爪の間に西瓜《すいか》の種ほどの大きさに脹《ふく》れている蒼黒《あおぐろ》い蝨をつまんで、力一杯引張って漸《ようや》くの事で引離して、地面に投げつけると踏み潰した。その間犬は何をされているのか分っていると見えて、眼を細くしてじっとしていた。
「さあ、これでもうびっこを引かなくても好《い》いぞ」
 森君はそう云って、犬の脚を離そうとしたが、その時にオヤと云って首を捻《ひね》った。見ると、脚の裏に何だか赤黒いものがベットリついている。
「血じゃないか。森君」
 僕がびっくりして云うと、森君は首を振った。
「血じゃないよ。何かくっついているんだよ。変だなあ」
 森君はポケットから紙を出して、犬の脚の裏をちょっとこすって見てから、脚を放した。犬は暫《しばら》くクンクン云って尾を振りながら森君にジャレていたが、やがて一目散にどこかへ駆けて行った。
 森君は何か考えながら黙って歩き出した。森君が考え事をしている時に、うっかり話しかけると怒るので、僕も矢張《やは》り黙って肩を並べて歩いて行った。
 一軒の百姓家の前に来ると、十か十一位の女の子がぼんやり往来を眺めながら立っていた。森君は何と思ったか、女の子の傍に寄って訊《き》いた。
「このへんにペンキ屋さんがある?」
 女の子は首を振った。森君は又訊いた。
「飛山さんて家どこ?」
 すると、女の子は急に顔をしかめて、私達を軽蔑《けいべつ》したような眼でジロリと見たかと思うと、ぷいと向うの方に行ってしまった
前へ 次へ
全10ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
甲賀 三郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング