「さア」と看護婦は鳥渡考えて、「一昨日の事ですから、よく覚えていませんけれども」
「思い出して下さいませんか」
「どなたかおられたかも知れません。然し、どうもよく覚えておりません」
「そうですか」野村はがっかりして、「では、昨日か今日薬取りに来なければならん人が、来ないという事はありませんか」
「あア、調べて見なければ分りませんけれども――一人ありますわ。一昨日初めて来られた方で、今日お出にならない方が」
「何という人ですか」
「えゝと、確か野村儀造と仰有いました」
「えッ」野村は飛上った。
 もう疑う余地はないのだ。重武は変装して、人もあろうに野村の父の名を騙って、太田医院で診察を受け、薬を貰う風をして、薬局の窓口にいて、二川さんといって看護婦が差出して台の上に置いた薬を、素早く毒薬とスリ替えて終《しま》ったのだ!
 だが――野村は帰り途で、低く頭を垂れながら考えるのだった。――太田医師と看護婦は果して、野村儀造と名乗った男を二川重武に違いないと証明するだろうか。重武はむろん否定するだろう。又仮りにそれが認められたとして、窓口で薬をスリ替えた事実が認められるだろうか。むろん重武は絶
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