対に否認するに極っているのだ。偽名して診察を受けた事は不利ではあるが、それが何か恥かしい病気であれば、大して非難も出来ない事ではないか。それに彼が今日診察を受けに来ないのは、当然なのだ。彼は二川家で忙《せわ》しく采配を振っているのだ。
検事局は告発は受理して呉れるとしても、果して検挙するだろうか。検挙しても起訴出来るだろうか。
野村には重武の罪が明々白々のように思われた。然し、彼を罰せしむべく、十分の自信がないのだ。
多くの事は時が解決して呉れる。然し、この事件に限り、時が経てば経つほど駄目になるのだ。赤いうちに打たねばならぬ鉄なのだ。
野村はいら/\しながら、当度《あてど》もなく歩き廻っていた。
七
翌日午後二時、青山斎場で二川重明の神式による葬儀がしめやかに行われた。
斎主は二川家の相続者たる重武だった。
重武は真白な喪服をつけて、玉串《たまぐし》を捧げて多数の会葬者の見守る中を、しず/\と祭壇に近づいた。
と、突然、会葬者の中から脱兎の如く飛出して、重武に飛びついた者があった。
それが中年の婦人であること、重武の純白の式服がみる/\真赤
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