、私はどうしたものかとても嫌な気持になりまして、頭から水を浴せられたようにゾッといたしました。それ以来、薬包は絶対に手放さないようにして、帰りにも、なるべく寄り道をしないようにいたしておりました」
「うむ」
 野村にはすっかり分ったような気がした。重武は変装して千鶴につき纒って、絶えず薬包を狙っていたのだ! 隙さえあれば毒薬とスリ替えようとしているのだ。彼は予《あらかじ》め太田医院の薬袋紙《やくたいし》と外袋とを手に入れ、それには一見区別の出来ないように、それ/″\記入をして、その包紙の中には毒薬を入れ、千鶴の持っているのと同じ風呂敷を用意して、機会を待ち構えているのだった。
 だが、問題の日に千鶴は、買物には立寄ったけれども、薬を入れた包は一時も手から放さなかったという。では、いつどうしてスリ替える事が出来たろうか。
 何か千鶴が思い違いをしているのではなかろうか。買物をした時に、鳥渡どこかへ置いたものではなかろうか。
「一昨日《おとゝい》薬を貰って帰る時、本当に薬包を手放した事はないかね」
 野村はもう一度念を押した。
「決して手から放しません。絶対に間違いございません」
 千鶴は
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