にうっかりしておりました。御前様が床の中から半分身体を出して、両手を拡げて死んでいらっしゃいましたので、つい、その方に気を取られまして、お薬の方は少しも気がつきませんでした。どうなったのでございましょうか」
「御前様が死んでおられるのを発見した時に、君は、どうしたの?」
「御前さまが大へんですッといって大声を上げました。そしたら、直ぐに市ヶ谷さまが飛んでお出になりました――」
「なにッ、市ヶ谷さまだって」
 野村は吃驚《びっくり》した。重武は市ヶ谷に住んでいたので、二川子爵家の雇人達は市ヶ谷さまと呼んでいたのだった。
 千鶴は野村の剣幕が激しいので、呆気にとられながら、
「はい」
「だって、君は重武さんは暫く見えなかったといったじゃないか」
「それは前の日までの事のように伺いましたから。当日の朝九時頃に参られましたのでございます」
「九時頃に」
「はい、御前さまは未だお寝み中です、と申し上げましたら、格別急ぐ用でもないから、待っていようと仰有いましたので――」
「そうか。それで君は十時頃部屋へ様子を見に行ったのだね」
「はい、それもございましたけれども、いつも朝早く一度お眼覚めになりま
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