は要求出来ないし、又要求もしない。どうか、君の思う通りにして呉れ給え。
 それから特につけ加えて置くが、僕は近頃不眠症が嵩じて、毎夜催眠剤を執っている。然し、断じて自殺などはしないから、自殺どころではない、重武との勝負がすむまで、うっかり病死も出来ないのだ。その点はしっかり考慮に入れて置いて呉れ給え。
[#ここで字下げ終わり]


          六

 父の遺書から二川重明の遺書へと読み続けた野村は、昂奮から昂奮への緊張で、すっかり疲労して終った。
 重明が何故乗鞍岳の飛騨側の雪渓の発掘などと途方もない事を企てたのか、はっきり知る事が出来た。彼の行為そのものは気違いじみていたけれども、それは健全な頭から考え出されたものだった。彼は決して発狂したのではなかった。又、自殺を企てるような精神|耗弱者《もうじゃくしゃ》ではなかった。それ所ではない。彼はその遺書で、堅く自殺を否定しているのだ!
 然らば彼の死は?
 野村は今までに何度となく感じた所の、重明に対する友情の足らなかった事を、又もや強く感じるのだった。生前もっと相談相手になればよかった。こちらがもっと親身にすれば、彼の方だって、
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