何の動揺も示さなかったが、それ以来は、彼の見えざる看視《かんし》が、見えざる触手が、僕の周囲で犇《ひし》めいている事を僕ははっきり感ずるのだ。決して、それは僕の神経衰弱や、強迫観念のさせる事ではないのだ。
 野村君、僕はどんな困難と闘っても、やり遂げて見せるつもりだ。雪渓の発掘が失敗に終ったら、又別な方法を考えるつもりだ。一生かゝっても、無一文となっても。気違いと嘲けられても、馬鹿と罵られても、叔父が真の叔父か、偽者《イムポースター》であるか、きっと区別をつけるつもりだ。
 野村君、然し、叔父の眼は光っている。彼は僕よりも遙かに狡猾で、冷血で、そして、僕よりも、より絶望的《デスペレート》である筈だ。僕はそれを恐れているのだ。
 野村君、僕が生前僕の心境、僕の決意を、|打明けて《フランクリー》に話さなかった罪を許して呉れ給え。僕自身はこれが遺書になって、君の眼に触れる場合のない事を望んでいるのだ。然し、君は未知の弁護士から、これを僕の遺書として受取るかも知れぬ。その時こそ、僕が尋常の死に方をした時ではない筈だ。
 仮令《たとえ》僕が尋常でない死に方をしたといっても、僕は君にどうして呉れと
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