等の世界には、何等の悲劇も齎《もた》らさないのだろうか。人間の世界では、それは断じて許すべからざることだ。それはすべての関係者を、責め苛み、地獄に落すものだ!
野村君、僕は一体どうしたらいゝのだろうか。叔父が確かに叔父その人に相違ないのなら、その人物の好悪《よしあし》に関係なく、僕は二川家を譲りたいと思う。何故なら彼が正当の相続者なのだから。けれども、もし彼が偽者《イムポースター》だったら。だが、どうしてそれを区別することが出来るのだ!
もし真《まこと》の叔父が、大雪渓の下に眠っているのなら――あゝ、野村君、僕はあの呪われた速記を読んだ時以来、夜となく昼となく、この妄念につき纒《まと》われたのだ。
僕は、仮令《たとえ》それが気違いじみていても、いや、気違いそのものの行為であっても、僕は乗鞍岳の雪渓を発掘せずにはいられなかったのだ。むろん、僕はその前に、乳母であり、僕の実母であった高本清《たかもときよ》を探した。然し、生きている筈なんだが、彼女をどうしても尋ね出すことが出来ないのだ。僕に残された方法は、たった一つだったのだ。
野村君、僕が雪渓発掘の準備にかゝると、叔父重武は表面は
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