があるんだろうよ」
 この後の半分の言葉は、質問者に答えているよりは、むしろ彼自身に安心の為にいって聞かせているのだった。


          二

 七月の午後五時は未だカン/\日が照っていた。野村は休日の昼寝から眼が覚めて、籐椅子に長くなったまゝ夕刊を見た。そうして二川重明の自殺を知った。
 自殺の記事が眼に這入《はい》った瞬間に、野村はとうとうやったなと思った。次の瞬間には、頭ばかり大きくなって、眼をギョロ/\させている妖気に充ちた重明の顔が間近の中空に浮んで見えるような気がした。
 野村は実にいやあな気がした。それは友人の死を悼《いた》むとか悲しむとかいうはっきりした感情ではなくて、自分自身が真暗な墓穴の中に引込まれるような、一種の恐怖に似た不快さだった。
 野村は鉛のような重い灰色の空気に押し被《かぶ》された気持で、暫くは呼吸《いき》をするのさえ忘れたかのようだった。
 が、やがて深い溜息と共に、友を悼む気持が、急にこみ上げて来たのだった。
 二川は乗鞍岳の雪渓の発掘を始めてから、以前にも増して、容態が悪くなった。極度の不眠と食欲の減退で、痩せ方が更に甚《はなはだ》しく、
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