、今いった通り運ぶよって、いうて山へ行かはりました。それきり鼬《いたち》の道だす。山から帰ったとも、東京へ行ったとも、一言もいうて来ず、むろん姿は見せはりやしまへん。それからもう五年経ちますわ。うちは一辺引きましたけンど、河育ちはやっぱり河で死ぬちゅうてな、二度の勤めだす。諦めてンのかって、諦めるよりしようがないやおまへンか。ホヽヽヽ」と、照奴は淋しく笑いましたが、この頃の言葉でいいますと、一抹の悲哀ちゅいますか、何ともいえん悲しい顔付きをしましたので、私は思わずゾッとしたのを、今でもはっきり覚えとります。
 と、この話を聞いた時に、私は之は何か訳があるなと、ピンと来ました。刑事根性といいますかな。どうも物事を真直ぐにとらなくていかんのだすが、殊《こと》にこの時は、何か持ち出そう、と、一生懸命になっている時だすから、尚更ピンと来ました。
 それほど喜んでいながら、上京しない、それほど可愛がって、夫婦とまで約束した女子《おなご》の所へ、一辺に寄りつかなくなる。之は何かあるぞと思いました。
 それからは暫く、南と北の新地にちゃんぽんに通いました。私の一生のうちで一番|華《はなや》かな時だす
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