書類を殊更に遺して行った意味を考えた。
 母の言葉では、重明が死んだ時か、又は二川家に変った事が起った時に、開けて見よというのであるから、父は恐らく未だ重武に対して警戒をゆるめず、万一、何か野心を逞うして事件を起した時に、それを阻止するように野村に命じたものであろうか、重明が死んだ時にという方は、彼が死んで終《しま》えば、すべては解消するから、最早秘密はないというつもりなんだろう。重明が自殺を遂げたという事は、単に重明が死んだ場合のうちに入るのだろうか、それとも、二川家に変事の起ったうちに入るのだろうか――
 野村が思い惑っている時に、静かに襖が開いて、母が這入って来た。母の顔はひどく緊張していた。
「二川重明さんから、何か書いたものを送って来ましたよ」
「えッ、二川から」
 野村は吃驚《びっくり》した。母はうなずいて、
「えゝ、遺書らしいですよ。大へん部厚なもので、速達の書留で送って来ました」
 野村は半ば夢心地で受取った。
 野村の父儀造は、二川重明の父重行が急死すると、直ぐ彼の遺書を受取った。今又野村は重明が変死を遂げる途端に、彼から遺書を送られた。父子二代、こういう事が繰り返さ
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