野村はそんな浮説《ふせつ》を全然信用しなかった。というのは、二川重明は鉄道とか温泉とか鉱山とかいう企業などには、少しも興味を持たない人間なのだ。又、登山などには、全然趣味がなく、恐らく五百メートル以上の山に登った事さえないだろうと思われるのだ。然し、野村にも、そんな男が何故急に日本アルプスの雪渓を掘り始めたかという理由は全然分らなかった。
 だから、第二の質問には、単に分らないと答えるだけだった。
 第三の質問は一番不愉快だった。この質問を受けると、野村はハッとせざるを得なかった。
 何故なら、野村も実は二川が発狂したのではないかと、私《ひそ》かに危懼《きぐ》の念を抱いていたからだった。
 二川は以前から痩せた方で、変に懐疑的なオド/\した人物ではあったが、色白の細面にはどこか貴族的な品位があり疑り深そうな大きな眼のうちには、同時に考え深そうな哲学者の閃めきがあり、時に物怯《ものお》じのする態度のうちにもどことなく悠揚迫らざるものがあったが、この二三年来、それらのものが全く一変して終《しま》った。
 猛烈な不眠症に陥ったのが原因らしいが、頬はゲッソリとこけて、頭ばかりが大きくなり、眼は
前へ 次へ
全89ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
甲賀 三郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング