ばしていた。どうも様子が変なので、
「御前さま、御前さま」
 と二三回呼んで見たが、一向返辞がない。
 それで、恐々《こわ/″\》側に寄って見ると、彼女は退《の》け反《ぞ》るように驚いた。重明は死んでいたのだった。
 それから大騒ぎになった。
 早速《さっそく》、かゝりつけの太田医学博士が駆けつけて来たが、死後既に十二時間位経過して、昨夜の十時前後にもう縡切《ことき》れているので、いかんとも仕方がなかった。十時前後といえば、恰度重明が寝に這入《はい》った頃で、彼は寝室に這入ると、直ぐ催眠剤を取る習慣になっているので、昨夜も確かにその通りにした形跡があった。
 催眠剤は太田博士が調製するので、博士は用心して、二日分|宛《ずつ》しか渡さなかった。重明は二年以上不眠症に悩んで、催眠剤を呑み続けていたので、今は次第に激しい薬剤を多量に取るようになって、普通の人なら、一回分でも危険な位の程度になっていた。然し、重明ならば二回分一時に呑んでも、生命に危険を及ぼす事はない筈だった。もし数回分を一時に呑めば危険だが、重明は太田医師から貰う催眠剤を溜めている様子は少しもなかった。一日置きに小間使の千鶴が
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