《ちいさ》い時の事が思い浮んで来た。
 最初に二川の丸いクル/\とした色白の幼《おさ》な顔が浮び上って来た。それは母の朝子《あさこ》には似ないが、父の重行にそっくりだといわれていた。
 それは後から聞いた話によって、記憶を強化したのだろうが、父子爵が眼の中に入れても痛くないという風に、じっと眼尻を下げて、重明がヨチ/\歩くのを見入っている姿が、朧《おぼ》ろに野村の脳底に映じた。
 次は重行の葬式の当日の思出だった。
 重行の死は実に急だった。確か重明が五つの年で、重行は三十九だった。彼はどっちかというと肥った方で、その点は弟の重武に似ていたが、年に似合ず先天的に心臓が悪かったらしく、心臓の故障で急死したのだった。
 お葬式の日、重明の母が真白な着物を着て、その着物より白いかと思われるような蒼ざめた顔をして、必死に悲しみを耐《こら》えながら――この事は後に察したのだが――端然と坐っていた凄愴《せいそう》な姿が浮び上って来た。母の朝子は大へん綺麗《きれい》な優しい人だった。然し、病身でいつも蒼い顔をしていた。が、葬式の日は、一層蒼く美しかった。野村は子供心に大へん凄く思った。それから暫く彼
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