、思いなしか、野村にはそれが、態《わざ》とらしく聞えた。何だかジロリと探るような眼つきで見られたような気がした。そんな事は野村の邪推であるとしても、重武が何となく嬉しそうで、それを隠そうとして隠し切れず、変にソワ/\している事だけは、間違いはなかった。
野村は重明の棺の安置した部屋で焼香をすませると、ソッと立って、廊下の所で小間使の千鶴を呼留めて、廊下の傍の洋室へ彼女を招き入れた。
「鳥渡《ちょっと》聞きたい事があるのだけれども」
野村は何気なくいった積りだったが、やはりどことなく緊張していたと見えて、千鶴は、急に顔の筋を引締めて、
「は」
と言葉少なに答えた。
「確か、あんたが最初に重明さんの死んでいるのを発見したんだったね」
「は」
「十時頃だったね」
「は、十時に二三分過ぎていましたと思います。時計を見ますと、そんな時刻でしたから、鳥渡御様子を見に参りました」
「その前に誰も部屋に這入らなかった?」
「はい、御前さまの部屋へは、私以外の方は出入しないことになっております」
「然し、もしかしたら、誰かゞ――」
「私が起きましてからは、お部屋に注意いたしておりましたから、決してそんな筈はございません」
「では、前の晩は」
「九時半頃、寝室にお這入りになりました。そして、私が持って参りましたコップの水で、お薬をお呑みになりまして、『お寝《やす》み』と仰有《おっしゃ》いましたので、私はお部屋を出ました。それっきり今朝まで、私はお部屋に這入りませんでした」
「部屋は中から締りが出来るのかね」
「いゝえ、誰でも出入が出来ます」
「じゃ、昨夜十時すぎから今朝までのうち、誰でも出入出来る訳だね」
「はい――でもどなたも出入などなさらなかったと思います。本当に御前様がお自殺遊ばさるなんて、夢のようでございます」
千鶴はもう涙ぐんでいた。
「前の日、誰か客はなかったかね」
「どなたもお出《いで》になりませんでした」
「重武さんは、昨日より以前に、一番近く、いつ頃来られた?」
野村は重武がどこかの隅から、彼をじっと見詰めているような気がした。事によると、実際に、廊下の外から扉《ドア》に耳を当てゝいるかも知れないのだ。
千鶴はちょっと考えて、
「暫くお見えになりませんでした」
「そう」
と、野村は直ぐに話題を転じて、
「重明さんの呑んだ薬というのは、いつも呑んでいた催眠薬に違いなかった?」
「えゝ、太田さまから頂く薬でございました」
「薬は誰が貰いに行くの」
「私が隔日に頂きに参ります。恰度その日の朝頂いて来たばかりでございました」
「他に薬はなかった?」
「えゝ、他に召し上るような薬はございませんでした」
「むろん、他に何か呑んだような形跡はなかったんだね」
「はい、別に見当りませんでした」
「有難う」
野村は部屋を出た。
重武は二川邸に暫く立寄らなかったという。彼が催眠剤を恐しい毒薬にスリ替えたとは思われない。重武からどんな薬を貰ったとしても、重明がそれを呑む気遣いはないのだ。子爵家の雇人は千鶴を始め、すべて信頼の置けるものばかりだ。殊に千鶴は情のある淑やかな娘で、身許も確かだし、女学校も出ているし、重明が安心して、身の廻り万端の世話をさしているので、重武に買収されて、医師の薬を毒薬にスリ替えるような大それた事は、絶対にするとは思えない。
初めの野村の考えでは、当日重武が何食わぬ顔をして、ブラリと遊びに来て、巧みにスリ替えて行ったのではないかと思ったが、重武は当日は愚か、暫く二川家に立寄っていないのだ。当日は別に客はなかったというし、家の者には疑いを掛けるようなものは全然見当らないのだ。
やはり自殺したのか。それとも過失死か?
遺書には断じて自殺などしないと書いてあったけれども、人間の頭はどんな事で狂うかも知れぬ。突発的の発作で、自殺しないとも限らぬ。他殺だと考えられる点が全然ないではないか。
過失死とすると――そうだ、太田医師の投薬の誤りかも知れない。野村はぎょっとした。医師が自分の過失を隠す。之はあり得る事だ。
野村は口実を作って、二川邸を出た。そして、そこから余り遠くない太田医院に急いだ。
太田医師というのは、丸顔のでっぷりした体格の、信頼出来そうなタイプの人だった。医院も大きくて堂々としていた。
「可成ひどい不眠症のようでして」と、太田医師は極めて気軽に話して呉れるのだった。「普通の人ならどうかと思われる位の量でしたが、あの方なら二回分一|時《どき》に呑んでも大丈夫です。何しろ、ひどい神経衰弱ですから、危いと思って、二回分しか渡さず、それだけの用心をして置いたのです。決して調剤の間違いじゃありません。私の方には専門の薬剤師が置いてありまして、責任を持って調製いたしておりますから、絶対に間違いはありま
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