夢中で下足をとって外へ出た。もう大通りの方へ出る勇気はなかった。私は大通りと反対の方へ歩んだ。堀端へ出ると、銀行の前から橋の方へブラブラ歩き出した。
幸な事には赤ン坊は時々渋面は作ったが、まだ泣き出しはしなかった。だが、私はどうしたら好いんだろう。父がいる間は呉服店へ行く事は出来ない。呉服店の男衆に訳を話して預けようかと思ったが、容易には預ってくれまい。何しろ赤ン坊なんだから。角の交番へ行けば無論その女が来るまで待てと云うだろう。それに人目を忍んでいる私には警察が苦手なのだ。と云ってその中に赤ン坊が泣き出したらどうしよう。あのお母さんは半狂乱で私を探しているに違いない。私は、呉服店の前で待っているべきだ。だが、父が居るのをどうしよう。私は三年前父の前で、お世話にならなくても、一人前の人間になって見せますと放言したのだ。このみすぼらしい身装を、しかも他人の赤ン坊を抱いて、どうして曝す事が出来よう。
私は思案に余った末、一度宅へ帰る事にした。妻はきっと驚くだろう。けれども訳を話せば納得するに違いない。妻なら赤ン坊の世話も出来るし、泣き出せば近所のおかみさんが乳を呉れるだろう。赤ン坊を妻
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