に預けて置いて私は直ぐ、呉服店に引き返えそう。今は三時だから呉服店の閉る五時までには充分本所まで往復する時間はある。その時分には父は帰っているだろうし、あの奥さんは自分の子供の事だ、余計に心配をかけるのは気の毒だが、きっと待っているだろう。そう決心して私は電車に乗った。
妻は私が赤ン坊を連れて帰ったのを見ると、丸い眼をはち切れるように瞶《みは》って吃驚した。
私が手短に事情を話すとまあと云って赤ン坊を受取った。そうして、
「なんて可愛い赤ちゃん」と云った。
誰だって、この赤ン坊を見たならばこう云わないで居られるものか。赤ン坊もやっぱり妻に抱かれる方が気持が好いのだろう。ニコニコと笑った。
妻は父に見つけられはしないかと、ひどく恐れたけれども、私は云い宥《なだ》めて、すぐ呉服店に引返えした。
恐々内部へ這入ったが、父の姿はもう見えなかった。そうして何とした事だ、赤ン坊のお母さんの姿もどこにも見えないのだ。
私は呉服店が閉るまで、内部をうろつき廻った。閉っても未だ暫く外に立っていた。けれどもとうとう奥さんの姿は見えなかった。
重い足を引摺って暗い気持に浸りながら、再び私は宅へ
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