い。
赤ン坊は抱かれながら円々《まるまる》と肥った顔をニコニコさせていた。
ふと気がつくと格子の外に丸髷姿の奥さんが立っていた。私は恥しくって声をかける事が出来なかった。夫が助かったと云う喜びと、赤ちゃんの親が知れた安心とで、夢を見るような心地でただウロウロしていた。
再び夫の手記
この頃の幸福な生活を思うと夢のようだ。去年の今頃は私は死生の間を彷徨していたのだ。裏長屋のジメジメした一室で大熱に悩んでいたのだ。妻は大病の私と、私が奇妙な出来事から抱いて帰って来た赤ン坊(其の赤ン坊は今はもう歩くようになって、現に今之を書いている私の傍で、せっせと悪戯をしている)との間に立って、あらゆる辛酸を嘗めていた。そこへ父が飛び込んで来たのだった。
妻は父が這入って来た時にはひどく驚いたそうだ。父が赤ン坊を抱き上げてあやした時には何が何だか分らなかったそうだ。
赤ン坊は父の子だったんだ。私の妹だったんだ。
父は私が家出した後に奉公に来た小間使と恋に陥ちた。独身生活を永くやった上、たった一人の息子に背かれた父は五十を越した身で始めてほんとうの恋を味った。
その女は間も
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