あたしのこちらへ上がっている事をどこで知ったのか、内野さんと下村さんとから、しかも妙じゃない事、同じ日に手紙が来たの。あたし、下村さんの方から読んだのです。
『親愛なる八重子さん。
ご無事にお暮らしで結構です。蔭ながら喜んでいます。私もお蔭で無事です。
あの日警察へ行く途中で、私が逃げたので驚いたでしょう。私もあの日はかなり骨を折りましたよ。何しろ相手が内野君という豪《ごう》の者ですからね。あなたにもいろいろ分からない事があるでしょう。だからあなただけにそっと知らせてあげますよ。
事の起こりはね。清水が先生のご研究を横取りした事なんです。先生のご研究というのは戦争に使う毒ガスなので非常に秘密にしておられたのです。それを清水が嗅ぎつけて何の研究だか[#「研究だか」は底本では「研究だが」]知らなかったんですが、とにかく金にさえなればというので、借金の返済を楯に、否応なしに取り上げたのです。もっともまだ完成していなかったのですが、大部分は清水の手に渡ったのです。ところがドイツ語で書いてあるので、清水は自分は少しも読めないから、誰かに翻訳を頼まねばならなかったのですが、迂闊《うかつ》には
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