賢いわ。着物の柄を見る事なんか駄目だけれどもね。下村さんや内野さんは、――書生さんの名よ、――二人ともあたしより後から来たんだけれども、ちゃんと分かったと見えて、教えてくれたわ。何でも先生がご研究のお金に困って、清水からお金を借りなすったんだって、それがひどい仕組みで、どうしても返し切れないようになっていて、利に利が嵩《かさ》んで、とても大変なお金になったんですって。それでお宅の方も診察所の方もすっかり抵当に取られて、月々の収入も大方は清水に取られてしまって、先生の方へはホンのポッチリしか入らないんですって。会計の方は一切清水が握っていて、いわば先生は清水の懐《ふところ》を肥やす為に、毎日働いていなすったんだわ。先生はいろいろご本をお書きになって、世界に知られた方だったし、ご診察の方も名人だったんですから、名誉を思えばこそ、清水にそんなひどい事をされても黙っていなすったんだわ。それに奥様は永いご病気でずっと床に着き通しですものね。あたしこの頃になって先生のお心持ちを察するとほんとに自然《ひとりで》に涙が出て来るわ。
 普通の人間だったら、どうせいくら稼《かせ》いだって、他人の懐を肥やす
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