ぐにその次には、私の顔を見るのであつた。その眼は澄みきつて、レンズのやうで、むしろ生き物のものといふよりは器物《きぶつ》のやうであつた。縁側に吊した金魚鉢か何かのやうに、毀《こは》れ易く、庭の緑を映してゐるやうなものであつた。これが自分の弟であらうかと、時偶そんな気持になる程、その眼は弱々しく、自分の眼との間に、不思議な距離が感じられるのであつた。
 いたいたしいなと思ふと、その次にはもうはやく癒ればいいのにと、思ふのは利己の心であつた。
『もつと気持を大きくもつて、少々努めてでも大きい声を出すやうな気持になれば、案外さつさと癒るのだらうとわたくしは思ひますが』と、私は強ひて笑顔を作りながら、弟の顔を伺ひ/\医者に向つて云つた。
『だつてそんなに云つたつてと弟は、医者の顔をチラと見て、私に云つた。『そんな気持になれないのだから仕方がない……』と云つた弟の眼には涙が滲《にじ》んでゐた。悪かつたと私が思つてゐると、
『いいえいいえ、昂奮なすつちや不可《いけ》ません。昂奮なすつちや不可ません』と、私に背を向けたまゝ、医者は弟を宥《なだ》めすかしてゐるのであつた。
 私と弟との間に暫らく、緊張
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