した沈黙が続いてゐると、医者は振返つて私の方を向いて云つた。
『ですから、弟さんには、何時もお話ししてゐるのです。人は諦めが肝心なのです。誰しも、と云つて医者は急にお経でも誦むやうな気持になつて、一度は死ぬことなのです。さう思つて諦められてですな、ゆつくりした気持でゐられゝば一日でも長く生きてゐられることがお出来なるのです。』
私はギヨツとして聴いてゐた。話しながら医者が再び弟の方を向いてをり、はじめて云つてゐることではないといふ調子であり、弟がまた、まんざらシラジラと初めて聞くやうな顔も出来ないといつた表情をして、私の方に視線を送つた時には私はギヨツとした。弟の眼は、秘密が露見した時に人がする眼であり、まあそんなことを云つて呉れてはと、周章《あわ》ててゐる私を見た時に、弟の眼はタジ/\とした。
医者はまあ、弟に前々からそんなことを云つて聞かせてゐたのであつたか? だがもうその言葉を、弟から撤回する術《すべ》はない……私は何といつてよいか分らなかつた。とりかへしのつかない思ひに、ただただ周章てふためいてゐた。それから尚医者の繰返す所によると、医者はもう、ハツキリと此の病気は癒らない
前へ
次へ
全21ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中原 中也 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング