的であるのであつた。
奥さんは、もう出ては来ず、奥の方で琵琶を掻きならし、その子供のない太つちよの、快活無比の奥さんが鳴らす琵琶の音は少々ぞんざいで、嘲弄されてゐるやうな気持もされるのであつた。が、こんな気持を咬殺《かみころ》すことにも、私は今云つたやうに可なり男性的である。
而も猶、一寸立つて便所に行かうとすると、途中で曲つてゐる梯子段を踏み過《あやま》つて、私は四五段も辷り落ち、肘《ひぢ》をしたたか磨《す》り剥いたのだが、驚いてとんで来た医者に、抱き取られながらも、いい気味だいい気味だ、死んだ弟を忘れてゐたから罰が当つたのだと、急にまた千万無量な思ひをするのであつた。心臟よ、ドキドキと鳴れ、肘よ痛め。これが死んだ弟への懺悔の一端ともなれば、ああなんと、嬉しいことであらう!……
酒は顔全面にのぼつて来て、頭の心《しん》はヅキヅキした。
それからなほ三十分も飲んだ後、辞して立たうとすると、先刻は腰も打つたとみえ、腰が痛くてよろけさうになり、医者に助けられて自動車に入れられた時は、なんとも羞《はづか》しく、玄関に立つて可笑しさを怺《こら》へてゐた奥さんの顔は、自動車が田圃の中の
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