道路を走つてゐる間中、眼に浮かぶのであつた。
家に著くや無理に、気持を引き立てて、腰の痛みをみせまいやうに一心に姿勢を作つて、『ただ今』といと冷然と云つた。
『まあまあ、沢山に飲んで。また今迄何のお話をしていたのでせう。』と母はその貧血の顔をのぞけて私を感じ取るのであつた。
『いいえただ、泰三の思ひ出話ばかりしてゐました。先生は僕の東京の話なぞ訊くものですから、分りよく納得のゆくやうに話しました。』
母は悲しげに私から眼を離すのであつた。
『もうみんな休みましたね』云ひながら私は私の寝床のある離れの方に歩いた。
その部屋には、祖母と私の床があつたのであるが、私が部屋に這入ると、祖母は目を覚まし、『おお/\御苦労だつた』と云つた。
悔恨は胸に迫つて、仰《あふむき》に寝ても、横になつても寝付かれなかつた。一町ばかり先にある、今自分の乗つた自動車の通つて来た道を、オートバイが遠雷のやうに近づき、やがて消えていつた。
[#地から1字上げ](一九三三・一〇・一八)
底本:「日本の名随筆 別巻42 家族」作品社
1994(平成6)年8月25日第1刷発行
底本の親本:「中原中也
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